1 ヴァン

京極 流月(2)

>>>34の続きです♪
81 ヴァン
 それを見据え、剣を抜かぬまま溜め息を一つ。


「……一対四か。
許す、卑怯とは言うまい」

「古来より、魔王と闘う時は囲んで叩いてタコ殴りがセオリーと伝え聞く。
よって卑怯とかそういう苦情は受け付けぬ我、金角」


 ちらり、と側面の金角にも視線を走らせ。
 ぐるんと鞘に収めたままの刀を大仰に回す。


「特に許す。
多少は骨も折れようが、
――――そなたらの死に場所は既に決した」


 ぐっ、と腕を交差させ、刀を腋下から後方へと投げ出す構え。


(一言で言えば……隙だらけ)


 常より同じ得物を用いる小竜にとって、その構えは伊達を極めたお粗末なもの。
 斬る、突く、払う、の選択肢をわざわざ狭め、横に払うしかないその構え酔狂以外の何物でもない。


(そもそも鞘から抜いてすらおらぬ)


 防御ごとその豪腕でもって叩き伏せる金角には、その構えは何ら脅威を感じることはない。
 そも、守りのことなど一切考えてはいないと見える。


(だって言うのに……)


 だからこそ、分かる。
 如何なる相手と相対しようと、己の勝ちのイメージを掴み取ってきた悟空には分かる。


(((まるで勝てる気がしないッ!!!)))


 どうやっても、悟空には自分たちの勝ち筋が『見えない』。得も知れぬ悪寒から金角は守りを破ることを『躊躇』し、小竜は剣士として目の前の魔王の足元にも届かないであろうことを『理解』してしまう。
 一瞬にして広がるマイナスのイメージ。
 これが、最強の妖怪とまで云われた混世魔王のプレッシャー。


「十手」


 いや、と混世の口の端がつり上がり、


「―――九手で終いよ」


 場が、一斉に弾けた。
82 ヴァン
 如意棒、刀、金角のフォーク甲高い音を立ててかち合い、


「一手」

「かッ…ふ!!!」


 すり抜けるように体を捻るだけでかわし、交差した三通りの得物に挟まれながらも突き出された刀の鞘は、死角を突かれた悟空の鳩尾に吸い込まれていた。


「二手」

「ごっ!?」

「ガ、ァ!?」


 たたらを踏んだ悟空の側から拘束が解ける。
 させるものかと絡み合う刀と槍。
 スッ、と体重を感じさせない跳躍、これ見よがしに二人の武器に手をついて繰り出される蹴撃に頬を打ち据えられ屋根の上から転がり落ちていく。


 ―――ギィンッッ!!!


「三、四手」

「ッ…ファッションジャージストのくせに、思ったより速いではないか…!」

「そういうお前は存外遅いな。そんなに余より速く駆けたければジャージを着ろ、ノロマ」


 一行最速の銀角による二刀の不意打ちですら容易く防がれる。
 冷や汗を流す銀角に心底呆れ返った混世を見て、ビキリッ、と青筋が立てられた。


「誰がノロマだ、この、芋ジャー女!!」

「五手、誰が芋ジャーか、クソダサTシャツ女。そのキャラ何年前のアニメだ、オワコンに執着する見苦しい亡者めが」

「――高くつくぞ、それを言ったら戦争(ケンカ)だッ!!!」

「六手。その喧嘩、円盤代以下なら買ってやらんでもないぞ」


 心の聖域を踏み荒らされた銀角による荒々しい報復の斬撃ですら、雑談混じりに軽々といなされる。
 そこに、今まで復帰の機会を窺っていた悟空が、如意棒を構えて叫びを上げた。


「伸びろ如意棒!!」


 弾丸のように飛び出した如意棒の先端が、目標を捉えきれず向かいの櫓の屋根を吹き飛ばした。
 ちなみに、混世から向かって、という意味であってその櫓は悟空から見ると後方であった。


「七手」

「待って、やり直させて。数えないで、お願い!」
83 ヴァン
「―――吹っ飛べシャオりん!!」

「言い方っ!!
そして投げ方!?」


 屋根から路地まで転がり落ちた二人は、即座に起き上がり、見失うものかと頭上で繰り広げられる剣劇を追っていた。
 そして金角は地面にフォークを突き立て、並走していた小竜の胸ぐらを掴むと、梃子の勢いのまま小竜を投げ飛ばし自らも跳躍した。


「切り捨て御免ッ!!」

「赦す。
…どうせ当たらん」


 斬りかかる小竜。
 しかし、混世はその一撃を見ることすらせず体を捻るだけでかわし、刀の腹で撫でるように小竜の体を悟空に向けて投げ飛ばした。


「おわあぁっ!?」

「ああ!? お許しを!」


 未だ如意棒が櫓につっかえていた悟空はそれを避けること叶わず、小竜ともつれ合って互いにたたらを踏む。


 ―――ギィン…ッ!!


「なんっ…!」

「だと…!?」


 驚愕。
 小竜の奇襲は囮、本命はその後に飛来した金角の一撃―――を、避けた先に繰り出す銀角の追撃。
 避けられる筈がない。
 その筈が、結果として『屋根に突き立てた三又槍に銀角の二刀が縫いとめられる』。
 どう避ければ、どうタイミングを誤認させればこうなるのか、慌てて武器を引くも絡まり合って動かない。


「―――十歩必殺」


 逆さに宙を舞う混世の呟き。
 距離は、四人とも十歩以内。
 背筋を走る悪寒。
 気付いた時には、刀が抜き放たれていた。
84 ヴァン
「――ァ、ぐッ……あァ!!?」


 飛び散る鮮血。
 ついぞ今まで立っていた屋根が細切れになり、コマ送りのように落下していく中、それが己の血である事を銀角は痛みで理解した。
 何が起こった。
 いや、何処を、何度斬られた。
 それすらも分からぬまま、それでも混世に視線を向け、


(……違う?)


 奇妙な違和感。
 痛みはある、出血もしているだろう。
 だが、この血は自分のものではない。
 何故なら、あまりに『多すぎる』。
 視界を舞う血の量からして、こんな量を流しているとしたら、


(やめろ――――やめろやめろやめろ!!!)


 こんな思考にふける間もなく、


(やめろ…やめて、やめてやめて…っ!!)


 とっくに、死んで


「――那胡ォォォォ!!!!」


 見てしまった。
 吹き出す鮮血が、自分に被さるようにしている那胡の背から舞ったものであると。
 気付いて、しまった。
 自分にしがみつくようにして、彼女は剣撃に身をさらしたのだと。


「いっ……!!!」


 墜落する前に、その体を抱き締め、衝撃を肩代わりする。
 激痛がする、腕が上手く動かない、だがそんなことはどうでもいい。


「なん、で…!!
何で庇った!? 馬鹿か!? ヴぁかが!!
…死ぬな。
頼むから死ぬな! お願いだから死ぬなぁ!!」


 流れ出る血が止められない、腕の中にいる彼女の顔からは急速に血の気が失せていく。
 そんな中、那胡は必死に何か伝えようと口を動かす。


「て…み!
て…えが、み……!」

「てが…手紙、手紙か! あったぞ!」


 ポケットに差し込まれていた手紙を探しだし、その手に握らせる。
 痛いだろうに、苦痛に歪んでいた顔が一瞬だけ安らいだ。


「…わ、たし…」


 私。
 続きは、続きはなんだ。
 どうした、何で喋らない、何で動かない…何で


「やめろ銀角っ!!!」


 肩を掴んでくる悟空の叫び声に、やっと我に返る。
 さっきまで自分が狂ったように揺さぶり続けていた那胡の体を金角が自分から取り上げ、静かに横たえる。

 開いたままになっていた瞼を、そっと閉じさせる。