14 SDG
>>3:サンペイさん

>わたしはその「奥」を探求しようとしているんですけど…。

奥を探求する必要性はあるのでしょうか?あるのであればその目的は?
必要なのは「深い」議論ではなく、「現実的な」議論であって、深みに嵌って思考停止していたのでは意味がありません。

「信号は、赤は止まれ、青は進めである」
私なら自分の子供には単純明快にそう教えます。

もし私の子供に、「君の親の言っている事は間違っている。奥を探求しろ。赤は止まれ、青は進めなんて、主観的事実の寄せ集めだ。本当は、赤は進め、青は止まれかも知れない、そんな事は誰にも証明できない」などと言い寄ってくる人がいたら、私は子供に「そんな人の言う事は聞く必要が無い」と言うでしょう。大切なのは、子供が事故に合わないという事ですから。

>「一般的に客観的事実と思われているものも、主観的事実の寄せ集めにすぎないということ」です。
>これに同意されるのですか?

集まって出来たものであるという事については、私もすでに書いている通りですが、
「寄せ集め」との表現には同意しかねます。

木で作った家と、木クズを積み上げたものとでは、同じ木ですが、その価値はまったく異なります。

いつどこで誰もが同じように認めることができる客観的事実がある事を想定して、私は生きています。
その方がロマンがありますし、いろんな人々と概念や価値観を共有できて楽しいですし。

>もし後者であれば、主観から独立した客観をどう認識できるのか、ご説明ください。

では、まずサンペイさんが、あらゆる人々と共有しうる概念が存在しないという事を証明してください。